紅茶好きの文人

日本で紅茶が楽しまれる様になったのは、明治時代の中ごろになってからだと言われています。しかし、その前にも、特殊なル-トを使い、紅茶を楽しんでいた人たちもいます。いわゆる「洋行帰ようこうがえり」の人や「西洋好き」な人です。
その中の1人に尾崎紅葉おざきこうようがいます。「金色夜叉こんじきやしゃ」で有名な文人ですが、紅茶好きでも知られています。

彼の日記には、しばしば紅茶に対する熱い思いが綴られており、「紅葉流」ミルクティの作り方なども記載きさいされていました。それは、現在のミルクティの作り方とは反対で、牛乳の中に、少量の煎じた紅茶を加える、というものなのです。

この時代の紅茶は、とても高価で貴重なものだったからこそ、このような飲み方が金銭的に適していたともいえるのではないでしょうか。
「金色夜叉」に代表されるよう、ロマンスとリアリズムを語り、多くの人の心をときめかした尾崎紅葉。彼自身の心は、紅茶により温められていたのでしょうか。