思想家とコ-ヒ-

「自然に帰れ」という言葉で有名なフランスの大思想家だいしそうかルソ-。「社会契約論しゃかいけいやくろん」をしるしてはフランス革命のきっかけを作り、教育思想きょういくしそうを語る「エミ-ル」を発表しては“危険思想家”のレッテルをはられた、波乱万丈はらんばんじょうを地でいく生涯しょうがいを送った豪傑ごうけつです。そんな彼ですが、「カフェで生涯しょうがいを過ごす」ことを目標とし、パリの有名カフェ・ハウスに入りびたっていたというのは有名な話です。
確かに、アラブからヨ-ロッパに伝わったコ-ヒ-は、存在自体がオリエンタルで当時の知識層ちしきそうの脳みそを刺激しげきするものだったのでしょう。
加えて当時のカフェ・ハウスは、音楽や文学、哲学や思想など文化的な話に花を咲かせるのにはもってこいの場所として、知識人ちしきじんたちの集会所と化していたのです。

しかしながら、コ-ヒ-はまだ贅沢品ぜいたくひんであり、一般民衆いっぱんみんしゅうの口に入るものではありませんでした。事実、ルソ-本人もコ-ヒ-について「私が愛する数少ない贅沢品ぜいたくひん」と言い、家の近くで珈琲豆コ-ヒ-まめっている香りさえ大切にしていたという記述も残っています。
そんなルソ-の辞世じせいの句は、「ああ、これでコ-ヒ-カップを手にすることもできなくなった」。彼にとって、死ぬのがつらいのではなく、コ-ヒ-が飲めなくなってしまうことの方がつらかったのでしょう。
ルソ-は、現在の日本のコ-ヒ-事情じじょうを、空の上からうらめしそうにながめているのかもしれませんね。